静岡戦国奇譚

中部伝承島田市
島田市馬追い

今から400年も昔のお話。徳川家康は、牧之原の城に陣取っている武田勢に、激しい戦さをしかけていました。ところが、数の多い武田の軍勢は強くて、徳川勢はさんざんな負け戦さになってしまいました。武田の侍に追われ追われて、大将の家康も気がついたときには、まわりに家来はひとりもいなくなっていました。家康は、ひとりぼっちになって馬を走らせ、岡田原(おかだばら)へと逃げていきました。
家康はへとへとに疲れてしまいましたが、武田の侍たちが後から後から追いかけてくるにきまっているし、のんびり休んでいる暇はありません。ところが、馬も疲れて、よたよたしはじめたではありませんか。
「こまった。こんな所でまごまごしていては、武田勢に追いつかれてしまう。」
力をふりしぼって、馬を走らせようとしますが、馬はなかなか言うことを聞いてくれません。
「弱ったことになりおった。」
と思案に暮れていると、草をかっている男が目に入りました。さっそく家康は声をかけました。
「おい、そこの者、少し馬を追ってはくれぬか。」
男がふりむいてみると、ずいぶんとくたびれているようですが、立派な鎧、兜を身につけている侍です。
「へ、へい。」と、仕方なく馬を追うのをひきうけました。恐る恐るくつわをとって、馬を引きましたが、馬は思うように動きません。
「こりゃあ、ずいぶんと馬が疲れてるで、無理ですだ。ひと休みしてからでないと。」
下手なことを言って、首でもはねられたらと、びくびくしながらそう言いました。
「いや、休んでいる暇などないから、その方に馬追いをたのんだのじゃ。」
「それじゃ、何か喰わせねば。ちょっくら待ってておくんなさい。」
男は、ひとっぱしり近くの畑へかけこんで、にんじんを二、三本抜いてきました。
それを食わせ食わせ、「どう、どう。」と、馬を追いはじめました。
馬もいくらか元気をとりもどし、タッタカ、タッタカと走りはじめました。男も走って馬を追っていきます。
こうして原の先までやってきました。
「もうこの辺りまで来ればよかろう。ごくろうであった。」
そう言われて、男はほっとしました。
「へい。それじゃあ、帰らせてもらいますだ。」
と、帰ろうとすると、
「まて。」と呼びとめられました。
男はびくっと身が縮む思いがしましたが、振り向いて小さくなっていると、
「何か褒美をとらせたいが、今は、何もない。そうじゃ、原のさきまで馬を追ってくれたから、そちに原崎(はらさき)の姓を与えよう。これから、原崎と名乗るがよい。」
男は、ありがたいのやら何やら訳が分かりませんでしたが、とにかく礼をいって急いで帰っていきました。これが、「原崎」という苗字のはじまりだということです。

出典/「しまだの民話」島田市教育委員会