静岡戦国奇譚

中部伝承焼津市
焼津市保福島(ほうふくじま)の大井さんと疫病本多

今からおよそ五百年ほど前、今川氏が駿河国に勢力を誇っていたころ、藤枝の田中に城が築かれ、城内に氏神さまがまつられていました。
しかし、この城が武田氏の手にわたると、この氏神さまは保福島(ほうふくじま)というところへ移されました。それからは、土地の人たちによってまつられてきたのです。これが、保福島の大井神社です。
江戸時代になると、田中城の殿様も大井神社は「元はお城の中にあった氏神様だった」ということで、おまいりするようになりました。
ある年、殿様の本多正矩(ほんだまさのり)が江戸詰めのとき、殿様をはじめ家来の人たちや、江戸の町の人々が疫病(伝染病のような流行病)にかかり、大騒ぎになりました。
このとき田中にいた家老は、さっそく大井神社におまいりして、そこでいただいたしめ縄を江戸に送りました。すると、悪い病気は追い払われたそうです。このため、疫病本多さんと言われて、江戸でも有名になったそうです。
このお話とは別に、こんな言い伝えもあります。毎日のように遠州から藤枝の宿に通う馬子がいました。この馬子は信仰があつく、大井神社の前を通るたびに必ずおまいりをして、しめ縄をもらいました。そのため、この地方に悪い病気が流行ってみんなが病気にかかったときも、この馬子の家族はふしぎに病気にならなかったそうです。