静岡戦国奇譚

伊豆市東部伝承
伊豆市ニワトリと麻と山随権現

天正18年(1590)、豊臣の水軍が西伊豆へ攻め寄せてきて、北条方の城や砦(とりで)が次々に落とされていたときの話です。
八木沢の丸山城を守っていた富永山随(とみながさんずい)は、敗れて城から逃れ、尾根伝いに上野のほうへと逃げました。しかし、敵兵が迫ってきます。しだいに追いつめられて、山随は近くの麻(あさ)畑の中に隠れました。敵兵は丈高く茂った麻の中に潜んでいる山随をとうとう見失ってしまいました。
「逃足の速いやつだ。もうこの付近にはいないのだろう」
敵兵は捜すのを打ち切って立ち去ろうとしました。
そのとき、畑の中で遊んでいた放し飼いのニワトリが、隠れていた山随を見て驚き、けたたましい鳴き声をあげたのです。これを見た敵兵は、
「これはあやしいぞ。やっぱりこの中にいるようだ」
と、念を入れた再捜索を始め、とうとう山随は発見され捕らえられてしまいました。
この一部始終を見聞きした付近の百姓は、深く山随に同情しました。
「お可哀想に……もしわしがニワトリを飼っていなかったら、山随さまは助かっていたのに。申しわけのないことをした」
以後、百姓はけっしてニワトリを飼わず、麻を作ることもやめ、丸山の山頂に小さな祠(ほこら)を建てて山随の霊をとむらいました。これは子孫代々受け継がれたといいます。
この家の子孫は上野の関安彦氏、関昇氏、関千秋氏、関重喜氏の四家で、現在も丸山の「山随大権現」を守っています。毎年7月11日の同権現の祭日には、四家の一族が揃って社前でお題目を合唱する慣わしがあるとのことです。

出典/「郷土誌叢書第12集 土肥の昔話伝説」土肥町教育委員会