静岡戦国奇譚

伊豆市東部伝承
伊豆市狩野城落城哀話

治承4年(1180)8月、狩野城落城の時のお話です。城主・狩野茂光(かのうしげみつ)の夫人と姫たち七人は、侍女に伴われて危うく城を抜け出し、竜爪山(りょうそうざん)下にある洞穴に身を隠しました。遥か向こうの山には雑兵のたち騒ぐ声が聞え、やがて火の手が上がって城は焼け落ちてしまいました。それを見た七人の姫たちは手を取りあって泣きました。
しかし、落城となれば追っ手も来ます。もっと遠くへ逃げのびなければと、夜半密かにこの洞穴をぬけ出して、三津の身よりのもとに一時身を隠そうと決心しました。そして柿木神社にお詣りして、各自が胸に抱いていた鏡の内の一面を奉納して安全を祈った上で、更に山越えして落ちて行ったのです。
しかし、か弱い女の足のこと。小白ヶ沢(こしらがさわ)の辺りまで来た時には早くも夜が明けてしまいました。折から降り出した雨を避けて、念仏堂で暫く雨宿りしていたところを、大庭方の布告によって見張りをしていた野武士たちに発見されて、哀れにもはかなく散ってしまったのでした。
七人の姫たちは、金銀と高貴な品々を身につけていましたが悉く奪われ、衣服まではぎとられた上で殺されてしまったのですが、「女人の魂」と最後まで抱いていた六面の鏡はそのまま残っていました。
その時から小白ヶ沢の里にはいくつかの異変が起こったのです。谷川の流れは昼三度、夜三度、まっかな血の色に変わり、時雨そぼ降る夜半には女人のすすり泣く声が聞こえたというのです。
里人は七人の姫たちのうらみがこの辺りに迷っているのだと思い、六面の鏡を祀り、若宮八幡を建てて、ねんごろにその霊をお祀りしました。七人の姫たちのかたみの鏡は永くここに祀られていましたが、明治になってから柿木魂神社に合祀されました。七人の姫たちの哀話も今なお、この地に語りつがれています。

出典/「町誌資料第4集 天城の史話と民話」天城湯ヶ島町教育委員会