静岡戦国奇譚

森町西部伝承
森町半目のいわれ

三倉(みくら)の中野(なかの)という所に「半目(はんめ)」という地区があります。この地名には、こんな伝説が残されています。
その昔、三倉の地内で、武田、徳川両軍の間に激しい戦いがありました。この戦いでは徳川方が負けて、兵たちはちりぢりになって逃げていきました。兵たちが逃げてしまったあとから、立派な鎧、兜をつけた侍がひとり、片手で顔をおさえ、よろめきながら歩いてきました。中野のあたりまできて、ある一軒の家の中にたおれこみ、家の人に、
「わしをかくまってくれ。」
と頼みました。家の人達がよく見ると、その侍は片方の目に傷をおって血を流しておりました。家の人達はたいそうかわいそうに思い、近所の人たちにも手助けをお願いし、傷によくきくといういろいろな薬を持ってきてもらい、傷口を焼酎で消毒し、薬をつけて親切に介抱し休ませてあげました。
それから後も、包帯をとりかえたり、薬をつけかえたりして手当てを続けました。二日、三日と日が過ぎるうちに、傷はどんどんよくなり、逃げ込んできたときにはぜんぜん見えなかった目も、少しずつ見えるようになりました。目が見えるようになると、傷がまだなおりきっていないのに、侍は引き止める地区の人たちにあつくお礼を言って、味方の逃げていった方角を目指して立ち去っていきました。
この侍が、片目で逃げ込んできたことから、このあたりを「半目(はんめ)」というようになったといわれています。また、この侍は、徳川方のたいそうえらい大将だったとか、あるいは徳川家康その人ではなかったか、などといわれていましたが、本当のことはわかっていません。


出典/「森町ふるさとの民話」森町教育委員会