家康公没後400年 自然畏敬の軌跡

富士山、伊豆。静岡の自然を心から思った足跡。

静岡を愛し敬った家康公。多感な幼少時を過ごしたことだけが、その理由ではありません。どんな時も霊峰・富士を臨み、伊豆の個性的で豊かな恵みをもたらす自然を身近に感じていたことも大きく影響していたに違いありません。それは、家康公が残された様々な軌跡によって、今に伝えられています。だからこそ、文化の香りが深く残されているのです。

富士山への畏敬

武田信玄・勝頼親子から豊臣秀吉など、戦国武将の多くが寄進を捧げた富士山本宮浅間大社。中でも家康公は、朱印地安堵の他に関ヶ原の戦いの戦勝を記念して現在の社殿を造営するほど、富士山浅間大社には深い崇敬を捧げていました。そして、大御所政治の拠点・駿府城は、富士山と天守閣が同時に見えるよう設計。深い畏敬の念を抱くゆえの史実が残されています。
富士山 世界遺産推進課

富士山本宮浅間大社

伊豆半島への畏敬

伊豆半島は、その地学的にも独特な成り立ちゆえに、歴史の中で常に特別な地であり続けてきました。特に徳川家康、秀忠、家光の三代にわたって実施された江戸城大修復の際には、石切り場となったことは大切な史実。いまだに、この石切り場が400年前の姿そのままで現存しているため、「江戸城石切り場遺跡」として市民たちに深く愛され続けています。
伊豆半島ジオパーク構想

室岩洞

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