加納城

かのうじょう
  • 名称かのうじょう
  • 俗称・別名矢崎城
  • 所在地南伊豆町加納字矢熊
  • 様式平山城
  • 関連武将清水上野介

清水上野介に代表される清水氏一族の城と伝えられる平山城

築造者・築造年代、共に不詳であるが、一説には天正16年、下田城主に任ぜられた、清水上野介に代表される清水氏一族の城と伝えられている。
城跡は加納の矢熊にあり、青野川と二条川の合流地点、西側にある標高約50mの山頂に位置している。城跡の存在する山頂は地形的には尾根状を成しており、この上に二つの郭及び空堀りが残っている。保存状況は良好で旧状をよく伝えている。Ⅰの郭は山頂西側はずれ、すなわち、舌状にのびている丘陵の先端部に位置し、東西約20m、南北約30mの規模を有している。郭の東側及び北側には、幅約5mの空堀りがまわり、下からの攻撃に備えている。おそらくこの西側にあたる部分が虎口であったと思われる。Ⅱの郭は、Ⅰの郭の西側背後、一段高くなったところに約20m四方の規模で存在する。また、このⅡの郭の西側はさらに一段高くなり背後の丘陵へと続いているが、このあたりは尾根状の地形がくびれて狭くなっており、その自然地形を利用して幅約5mの空堀りが二つ掘られている。この二つの空堀りは、ちょうど城と西側背後の丘陵地形を分断する形となり、背後の備えとなっている。なお、城跡の北側及南側は共に急峻な自然の要害を成している。
当城の築造年代については不明であるが、城主について『豆州志稿』は「清水氏ノ久キ采地ナレバ蓋其親族ナラム」と記し、清水氏一族の城であろうとしている。この清水氏は伊豆の土豪で、小田原北条氏の伊豆衆21家の1人である。『小田原衆所領役帳』によると、加納・宇土金・子浦等賀茂郡の他、三島・修善寺にも領地を有しているが、このうち当城の存在する加納に最も多くの領地を有していることから、ここが本貫の地と考えられている。結局、これらのことから加納・矢崎城は、清水氏一族の城とみなされている訳であるが、他にこれを裏付ける資料は存在しない。いずれにせよ、この城は加納を中心に、下賀茂、上賀茂、等青野川及び二条川流域の農耕地をおさめる適地に位置し、軍事的にみても、交通の要衝をおさえ、自然の要害をたくみに利用した城塞といえる。北方に元屋敷の地名が存在する。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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