白鳥山城

しらとりやまじょう
  • 名称しらとりやまじょう
  • 俗称・別名城取山
  • 所在地富士宮市内房
  • 様式山城

甲斐との国境に築かれた、峻険な山岳城

山梨県境の富士川が大きく蛇行するあたりに、標高568mの独立した山がある。これが白鳥山で一名城取山と称している。この山が白鳥山城跡である。最高地点に主郭を構え、枝分れした尾根に5カ所ほどの出丸を備え、その間の稜線に堀切を設けた峻険な山岳城である。主郭は、山頂部を削平したもので、全長約70m、幅は35m余の不整形な曲輪だが、数段より成り、土塁等の遺構はないが、ほぼ中央に小高い個所が認められる。崩壊が進んでいるため、形状や機能は不明であるが、城の存立期と関係した設備であろうことはほぼ推定できる。
この城は、国境の城として、戦国期には、重要な役割を果していた。創築の時期は、明確ではないが、戦国期の天文初年頃であろう。対武田氏に対して、構築がなされ、物見を兼ねた城として今川氏は、在地の土豪達に守備させたものだろう。永禄11年以後は、武田氏の番城になったものと考えられる。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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