稲子城

いなこじょう
  • 名称いなこじょう
  • 俗称・別名城山
  • 所在地富士宮市上稲子
  • 様式山城

今川氏の被官・宮城弾正左衛門が城主をつとめていたとされる城

城主については、今川氏の被官、宮城弾正左衛門の城と伝えられているが、不明。
城跡は、宮地部落の北、周囲を川と沢によって防禦された標高270mの山頂を中心に、数箇の小さな曲輪と、堀切によって構成されている。一の曲輪は、15m×50m程の曲輪であり、土塁状のものが残存しているほか、北端に、幅4mの堀切を構え、ニの曲輪との切断をはかっている。
城の南麓は、宮地と称する平坦地があり、ここの居館が構えられていたものと考えられる。小規模な根小屋式城郭の形態をもっていた。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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