蔵人屋敷

くらんどやしき
  • 名称くらんどやしき
  • 俗称・別名松野蔵人屋敷
  • 所在地富士市南松野
  • 様式その他
  • 関連武将(日徳上人)

建保年間、蔵人職に任じられていた松野氏の居館

松野氏の居館跡は、南松野にあって、県道より西の中沢地区へ約100m進んだ右側に位置している法蓮寺の寺域だと推定されている。
初代の松野六郎左衛門尉行易が、建保年間(1213~1218)に京都に在る時、蔵人職に任じられていたため、蔵人屋敷と称されるようになったという。行易の子どものうち、松千代は、後に日蓮六老僧の1人である日持上人となり、娘の八千代は、上野郷の地頭南条兵衛七郎(時光の父)の室となり、「上野尼御前」と呼ばれた。松野氏は、六郎行定のとき一族武蔵に移住(年代不明)したため、天文10年(1541)に寺院が設けられた。
居館跡は、現在法蓮寺となっており、遺構は、何も残っていないが、当時の武士の館からすると堀と土塁を巡らした方形の館であったことは想像できる。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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