大淵城

おおぶちじょう
  • 名称おおぶちじょう
  • 所在地富士市大淵字城山
  • 様式平山城

北条氏によって築城された『河東十二塁』の1つとされる城

城史については不明な点が多い。戦国期の天文年間、北条氏と今川氏の争乱時に、北条氏によって築城された『河東十二塁』の一つではないかとも推定されている。愛鷹山の軍道確保を目的の1つとして築城されたようである。
城は舌状丘陵上を階段式に削平して一の曲輪・ニの曲輪・三の曲輪を連郭式に構築したものである。全長約130m、幅50m~10mの狭長な城であり、曲輪間には、堀切りが6本余設けられ曲輪は独立した機能を果していた。土塁はなく、堀と木柵で防禦したものだろう。
城は、大淵団地の建設によって消滅してしまい、城山や鉄砲山の地名にかつての存在を留めているにすぎない。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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