稲取崎台場

いなとりざきだいば
  • 名称いなとりざきだいば
  • 俗称・別名御台場
  • 所在地賀茂郡東伊豆町稲取字南立野
  • 様式その他

沼津藩主水野出羽守の命により築造された台場跡

天保14年(1843)、下田・三穂ヶ崎、伊東・川奈・富戸の台場と共に、沼津藩によって築造された台場で、藩主・水野出羽守の命により稲取村民の夫役によってつくられたという。
台場跡は稲取港の南、海に突き出た稲取岬上に位置し、外海を望む断崖上に立地している。かつては、海岸より運ばれた岩石によって築造された、砲台と火薬庫が存在していたといわれているが、明治初年畑地化してすでに消滅した。
三穂ヶ崎・川奈・富戸の台場と共に、江戸時代後期における伊豆東海岸海防の拠点の1つである。
なお、西北地域に「坪ノ内」の地名存在。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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