土囲

どい
  • 名称どい
  • 所在地沼津市大岡字中石田小字新小路
  • 様式その他

黄瀬川の水運用に築かれたと考えられる施設跡

本土囲は、国鉄東海道線と御殿場線に挟まれた、黄瀬川右岸の段丘上にある。南北100m、東西50m程の規模で、西側が開口する土塁が周囲を巡っていたという。しかし、西側と南側の一部を残すだけで、大半は切り崩されている。切り崩しの時、土塁内部から銭貨が出土したというが、散逸して不明である。
南側は、一段低くなっているが、これは東海道線敷設工事で削土されたためといわれている。しかし、工事の削土にしては形状が不自然であり、館の築造によるものと考えられる。北側では、一段低い腰曲輪が続いており、さらに段差があって水田となる。この水田の東は、黄瀬川に落ちる段丘の部分が石垣となっており、階段状の遺構が残存している。黄瀬川の水運を利用するための施設かもしれない。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

コメントする

このお城を共有・登録する