大平新城

おおひらしんじょう
  • 名称おおひらしんじょう
  • 俗称・別名政戸の砦、富南城
  • 所在地沼津市大平字新城
  • 様式山城
  • 関連武将遠山民部 北条左衛門氏堯

鷲頭山麓が北方に延び、狩野川と接する丘陵末端にある、後北条氏の城郭

大平新城は、鷲頭山麓が北方に延び、狩野川と接する丘陵末端にある。曲輪は丘陵上を利用して構築され、円行寺境内には城主の館があったと思われる。本丸・二ノ丸・出曲輪は尾根の各所に設けられており、本丸の南には土塁が存在する。出曲輪は、円行寺裏にあり、ほぼ台形を呈し、腰曲輪をもつ。
尾根の南方伝いに獅子浜城に進むことができ、両城は緊密な連絡をとっていたものと思われる。
当初後北条氏の部将遠山民部が守ったが、のち北条左衛門氏堯がこれに替り、武田氏に備えた。天正18年、小田原攻めで廃城となった。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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