三枚橋城

さんまいばしじょう
  • 名称さんまいばしじょう
  • 俗称・別名沼津城、観潮城、沼津古城
  • 所在地沼津市大手町沼津市大手町
  • 様式平城
  • 関連武将武田勝頼 高坂源五郎昌信

武田勝頼が後北条氏の戸倉城に対抗して築き、高坂源五郎昌信に守備させたといわれる城

天正5年(1577)、武田勝頼が後北条氏の戸倉城に対抗して、沼津城を築城し、高坂源五郎昌信に守備させたといわれている。(『北条五代記』『甲陽軍鑑』)しかし、『信濃史料』から、築城の時期は天正5年ではなく、元亀元年八月、信濃の諸士に城普請を務めさせている記事がみえるため、この時期に創築を求めようとする説が有力である。(「日本城郭大系9」)
沼津城の遺構はほとんど残存していないが、昭和48年ビル建築工事で発見された石垣が同城のものであったと推定される。詳細は不明であるが、石垣の組み方は戦国末期の実戦的築造であるという。
三枚橋城の古図は、『駿国雑志』『駿河志料』田中彦太郎氏所蔵絵図等があり、他に沼館愛三氏作成図等がある。これらによれば、城は本丸を中心として西・南方に二ノ丸を、更に北・西・南方に三ノ丸を同心円的に配していたことがわかる。東方は狩野川を天然の要害としていたようである。また三日月堀、あるいは馬出しを二ノ丸・三ノ丸に設けている。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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