安城山城

あじょうやまじょう
  • 名称あじょうやまじょう
  • 俗称・別名安城
  • 所在地賀茂郡西伊豆町仁科
  • 様式山城
  • 関連武将須田図書介

北条方に属していた、仁科地方の土豪・須田氏の居城とされる山城

仁科地方に土豪須田氏の居城といわれ、大永年間(1521~1528)城主は、須田対馬守、天正18年(1590)城主は、須田図書介であったという。豊臣秀吉による小田原攻撃に際し他の西伊豆地方の土豪と同じく北条方に属しこれと戦った。
城は、約800m程、駿河湾に突き出した半島状の丘陵部にあって、最高部は、標高69mを測る。明治年間まで空堀が存在したという。仁科港を擁し、いわゆる水軍基地を形成していたと思われる。
東北500m程の地域に、字「土井ノ内」があり、館は、この附近に存し、北側の形峯山を詰の城とした城館の存在が考えられる。
なお、この仁科川により開かれた沖積平野は、仁科荘の中心地域でもある。また、仁科川を逆のぼって、中伊豆の吉奈、東伊豆の湯ケ野へと通じる。
平成14年に行われた調査で城跡と思われいた場所が、翌年の調査で城跡ではなかったことがわかり、現在所在は未定となっている。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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