天神川古城

てんじんがわこじょう
  • 名称てんじんがわこじょう
  • 俗称・別名天神川旧塁、天神山、てじろ
  • 所在地駿東郡長泉町南一色字天神山
  • 様式平山城
  • 関連武将稲垣平右門長茂

愛鷹山東麓の丘陵末端、通称天神山に位置する古城

武徳編年集成に「天正十壬午六月廿二日足高山麓天神川舊塁を築て、稲垣平右衛門長茂を籠らるる」とあり、また改撰諸家系譜には「(前略)稲垣平右衛門長茂、牧野右馬之允康成臣、天正十年三月此年駿州入御手、(中略)同年七月大神君於甲州新府、與北条氏對陣之時、為押相州於足柄山麓、天神古城長茂守之、(後略)」とあって、前者は足高山麓天神川舊塁とし、後者は足柄山麓天神古城とする。
本城は長泉町南一色小字新福地集落北方の裾野市富沢の境にあり、愛鷹山東麓の丘陵末端が梅木沢(天神川)で切断されて独立丘陵となった、標高115mの通称天神山に位置し、城域は長さ160m、幅100m、脚部の水田面からの比高23mであった。地形図によれば丘陵頂部に四段の平場があり、南側及び東側の裾部に堀状の遺構が観察される。本城は土取工事で完全に消滅した。
本城一帯を「てじろ」という。南々西1kmの位置にある長久保城から500mのところに、南一色城があり、ここより500mの距離に本城が位置する。したがって南一色城と共に本城は長久保城のいわゆる「てじろ」であったのではなかろうか。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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