一色陣屋

いっしきじんや
  • 名称いっしきじんや
  • 所在地下田市白浜字板戸
  • 様式その他

天保年間に設置され、下河津・稲生澤・本郷等、水野領を司った沼津藩の陣屋

天保年間に設置されたという水野藩の陣屋跡で、水野藩の役人7、8名常住し、下河津・稲生澤・本郷・高馬・中村・中ノ瀬・河内等、水野領の管理を司どったといわれる。
陣屋跡は現在消滅し、旧状を知ることはできないが、白浜神社所蔵『弘化4年、豆州賀茂郡白浜村絵図』には、木柵をかまえる御役所・御屋敷・兵糧蔵の位置がしるされ、その周辺には、御武器蔵(字、一色)、御焰硝蔵(字、カマヤ)の存在も知ることができる。
なお、安政の頃には当地に於いて、榎本賢次郎なる者村内の子弟に漢学を教授し、板戸漢学教授所として名を残したが、陣屋撤廃と共に塾所も閉鎖したという。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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