大仙山城

だいせんざんじょう
  • 名称だいせんざんじょう
  • 所在地田方郡函南町畑毛字岩山
  • 様式山城

畠山重忠の子畠山六郎重保の城と伝えられる城跡

増訂豆州志稿』によれば畠山重忠の子畠山六郎重保の城跡と伝えられていると言う。また修善寺町加殿に同人の墓地と伝えられるものが所在すると言う。
さらに同地区の西原氏の古文書に、永禄13年(1570)西原源太宛の北条氏忠の感状に、西原小屋とあり、当時武田信玄と交戦中であった、後北条氏に属する西原氏の城跡であったことが伺える。
『小田原衆所領役帳』には小田原衆の1人として西原善右衛門、百貫文豆州畠郷を記載する。
畑毛温泉の東に急傾斜な岩肌の露出する山頂、比高約140mがそれである。
『増訂豆州志稿』によれば江戸時代正保2年(1645)の村書上に大仙山本城南北5間、東西3間、二丸南北5間、東西8間、同東西8間南北4間とあり、直線に3郭を配した連郭式であることをうかがわせる。城下から二の丸大手まで7町20間、同じく裏口まで5町20間とされる。又、同書では御持場、陣川戸、的場、城下見坂等の地名が残されていると言う。
現状は山林であり、遺構は明確でない。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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