足柄城

あしがらじょう
  • 足柄城
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足柄峠に築かれた山城

  • 名称あしがらじょう
  • 所在地駿東郡小山町竹之下
  • 様式山城
  • 遺構土塁、空堀、井戸跡
  • 築城年15世紀後半

小田原北条氏による相州の守りの城

足柄峠は、相模と駿河、箱根と丹沢を結ぶ交通の要衝であり、古代には東海道が、中世には鎌倉街道が通っていました。戦国期になって街道を取り込んだ後北条氏によって足柄城が築かれました。

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足柄城に関する最古の記録は、永禄12年(1569)のことで、北条氏が石垣の補強のために職人を差し向けた文書であり、城はそれ以前に築かれていたことは間違いないものの、はっきりしたことは明らかではありません。当地が交通の要衝であったことから、戦国時代の軍事的緊張が高まる中で築かれたと考えられます。後北条氏にとって、相駿国境警備の必要が生じるのは、甲駿同盟が成立する天文6年(1537)のことで、その後、それまで友好関係にあった今川氏と断行し、駿河国駿東郡の河東(富士川から東)をめぐっての抗争が続くことになりますが、この頃に国境警備を目的に築城されたと考えられます。
天正7年(1579)、上杉家の後継者争いである御舘の乱を機に武田氏との間に緊張関係が生じ、その後天正10年(1882)に武田氏が滅亡、ところが織田・徳川勢が新たな脅威として台頭してきました。同年、北条氏直は『足柄当番之事』と題した十四か条の城掟を指令。この中で城への出入りと、城外の通行を厳格に規制し、不審者は殺害することなど、城郭管理に関して細かい指示がされていることから、街道を取り込んだ現在の形の基礎がすでに完成していたと推察されます。
足柄城が、現在の形として完成したのは、豊臣に対する備えが生じた頃で、天正15年(1887)に普請を命じた文書が見られることから、小田原城をはじめ、山中城や韮山城の改修と同時に、足柄城の改修が実施されました。同18年(1890)、山中城が豊臣の大軍勢に攻められ、わずか1日で落城、足柄城も戦闘らしい戦闘もないまま、落城しています。街道を取り込んだ両城は、少ない攻め手には効力を発揮するものの、予想を超えた大軍の前には、成す術もなかったのでしょう。

成り立ち

吾妻鑑に「治承4年(1180)大庭景親ここに據る」とあり、梅松論・太平記には「足利尊氏ここを據点とした」とあり、古くは将門記に「天慶年間(935から940)足柄関を固む」と記されています。徳川実記その他には「天正18年(1590)小田原北条氏征伐の時徳川の支軍が足柄城を攻撃した」と書かれています。本城は古代から足柄道の関所であったところで、戦国時代に小田原北条氏が相州の守りとして、ここに城を築いたと考えられます。
天正18年(1590)、豊臣秀吉の小田原征伐の時、後北条氏は箱根山中城と共に本城の守備を固めたことによって、境目の城として重要視していたと見られています。
出典:「静岡県の中世城館跡」

現在

足柄城は箱根外輪山金時山から北方に派出する尾根の隆起頂部の標高759mの地点、足柄峠を扼する位置にあり、東西700m、南北800mの尾根筋を城域としています。
主郭を本城といい、竹之下から足柄街道を登りつめた峠の迂曲部の左手にあり、東西58m、南北43mで周りに土塁の一部があり、中央部北側に「玉手池」と称する井戸址があります。本城から北西に向って、二・三の曲輪が連続し、空堀で画され、二ノ曲輪は土橋でつながっています。二ノ曲輪は東西55m、南北20m、三ノ曲輪は東西29m、南北20mあります。以上の3曲輪は、かつては石垣で囲まれていましたが、元禄大地震(或は天保大地震という)で崩壊したといわれ、現在その遺構はありません。三ノ曲輪北側に四・五の帯状の曲輪が配され、空堀で画されています。五ノ曲輪北空堀外側に犬走状の遺構がありますが、明瞭ではありません。これらの曲輪の東側は断崖となっており、西側には三日月堀と足柄街道を隔てて西出曲輪があります。北西方面は「首なし六地蔵」附近に空堀、平場、柵木戸状の遺構らしきものがありますが明らかではありません。本城の東南側には足柄道を隔てて東曲輪があり、五段の平場が街道に沿って連続し、最下段は削平されています。ここから空堀を隔てて、さらに東出曲輪が空堀と土塁によって構成されています。ここを「こなな尾」といい、古文書では砦としています。東曲輪の南方尾根続きには、南曲輪が空堀をめぐらして配されています。
なお、本城から北東1.5kmの尾根上に「阿弥陀尾砦」があり、ここから北へ1.5kmの尾根上に「丹土(ハニ)尾(ヲ)砦」があります。
出典:「静岡県の中世城館跡」

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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