川奈崎台場

かわなざきだいば
  • 名称かわなざきだいば
  • 俗称・別名砲台
  • 所在地伊東市川奈
  • 様式その他

沼津藩の水野氏によって、幕末に築造された砲台跡

沼津藩の水野氏によって、幕末(弘化年間・1844~48)に築造された砲台跡である。寛政5年(1793)3月の、老中松平定信による豆相沿岸視察以来、伊豆は外国に対して海防の要地となり、特に江戸湾警備上の重要拠点であった。また、天保10年(1839)正月より3カ月にわたって、幕府の命により目付鳥居耀蔵と韮山代官江川太郎左衛門英滝が、豆・相・総・房の海辺巡視を行っている。さらに、嘉永2年(1849)4月には、英船マリナー号が、賀茂郡州崎(須崎?)沖へ現われたため、白浜・稲取・富戸・川奈の各村へ沼津藩より警備兵が出されている。
砲台跡は、川奈ゴルフ場内東北端にあり、川奈崎灯台の南東約100mに位置している。標高は約20m。南北20m、東西15mの範囲中に、大砲を設置したと云われる石垣が残存している。大半は崩壊あるいは草木に埋もれている。
設置した大砲は、夕顔型2門、2m余の円柱型1門の計3門であったと云われ、海上防備に使用された。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

コメントする

このお城を共有・登録する