伊東館

いとうやかた
  • 名称いとうやかた
  • 所在地伊東市大原
  • 様式その他

東伊豆における軍略上の要害の地に築かれた、伊東氏代々の館跡

伊東祐隆を始めとする、伊東氏代々の館跡である。狩野維(コレ)職(モト)の子家次(家継?、はじめ祐隆と称す)は、狩野より久(ク)寝(ズミ)へ移り住み、伊東氏を名乗ったと云われる。応徳2年(1085)の事である。その後、祐継・祐親などが居を構えた所とされている。
館の位置としては、仏現寺より物見の松にかけての台地一帯とする説、あるいは葛見神社付近とする説の2説あるが確証はない。前者の場合、標高約40mのほぼ平坦な台地であり、居館地としては恰好の場所と云えよう。東西約200m、南北約150mの範囲がそれと思われるが、遺構らしきものは何んら認められない。後者は、平安時代の創建と云われる東林寺(古くは久遠寺と称し、伊東氏の菩提寺)、あるいは式内社である葛見神社(久豆弥)などの存在から、この付近であるとも考えられる。
いずれにせよ、このあたりは軍略上の要害地であり、宇佐美城・鎌田城とは対峙の中で重要拠点であった。付近に残る、物見の松・榎木塚・子神塚・堂ノ上塚などの地名が、果して、館と直接結びつくかは疑問と云われる。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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