大平館

おおだいらやかた
  • 名称おおだいらやかた
  • 所在地伊豆市大平
  • 様式その他
  • 関連武将武田三郎氏秀(三郎景虎)

北条早雲の第3子・北条幻庵(三郎長綱)の館跡

『増訂豆州志稿』『田方郡誌』等は北条早雲の第3子、北条幻庵(三郎長綱)の館跡と推定し、後にその養子氏康の子武田七郎氏秀が住んだとしている。これは同地区の高根神社の上梁文に高田七郎とあったためで氏康の7男氏秀は武田信玄の養子として武田三郎氏秀と呼ばれ、後に上杉謙信の養子となり三郎景虎と呼ばれ、謙信の死後、家督争いから武田勝頼に自害させられたと言われる。また同地区神明社の上梁文に源庵とあり、また宝珠山金龍院は幻庵が開基と伝えられ、幻庵とその妻の位牌が残り、天正17年(1589)に当地で没したと伝えられる。
『箱根神社文書』『小田原衆所領役帳』には幻庵の所領として伊豆大平が記載される。
狩野川の河岸段丘が広がる大平地区のほぼ中央、国道136号線の東の微高地に位置し、字道(ミトノ)芦(ガ)原(ハラ)と言われ、これを御(ミ)殿(トノ)原(ガハラ)と読めることが根拠のひとつである。一帯は微高地であるため現在は宅地となっている。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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