網代城

あじろじょう
  • 名称あじろじょう
  • 所在地熱海市網代字湯ケ谷
  • 様式山城
  • 関連武将里見義頼 岡本善左ェ門

三方を山に囲まれた堅固な山城

『豆州志稿』によれば、聞間七郎太夫が築いたものと云われ、後には岡本善左エ門が在城したらしい。延元3年(1338)9月、九州菊池武敏の一族である聞間七郎太夫は、征東将軍義良親王(あるいは宗良親王?)に従い、北畠親房らと軍団を組んで、伊勢の大湊より奥州へ向う途中、暴風にあって遠江へ漂着した。やがて、陸路伊東氏を訪ずれ、網代を受領して城を構えたと云われる。その後、天正17年(1589)3月、房州の里見義頼が網代城を攻めたが果せなかった。この時の城主が岡本善左エ門であったと云われている。
城跡は、教安寺を中心とした湯ケ谷と称される所にある。標高は約50m、三方を山に囲まれた堅固な地形となっている。今日わずかに石組みが残されているが、大方はうずもれている。
城とは云え、砦の性格が強かったであろう。支配と云う観点では、狭少な土地しかない網代では経済的に苦しかった事であろう。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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