住吉陣屋

すみよしじんや
  • 名称すみよしじんや
  • 俗称・別名増山河内守御陣屋
  • 所在地榛原郡吉田町住吉字若狭
  • 様式その他

庄屋および代官として当地を治めていた久保田家の陣屋

伊勢長島の城主増山河内守が久保田久蔵に代官を命じて以来、久保田家は本家が庄屋、分家は代官として明治維新まで30数年、屋敷の東に陣屋をもっていた。
陣屋は、約1,500坪で取払い後は小高い畑で、「たかんぼ」「仕置場」などといわれた。現在は文化センターが建設され、老松、山もも等の木が僅かに面影を残している。
増山氏は、当時、地頭方、青池、萩間、十石橋、源十新田、与五郎新田、住吉新田、中里、神之郷、青柳、九左エ門新田、下吉田、色尾等で約6,500石を支配しており、この中の1,700石余は下吉田村であり、田沼、横須賀両街道に沿っていたことなども、ここに陣屋が置かれた理由であろう。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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