大覚寺殿屋敷

だいかくじどのやしき
  • 名称だいかくじどのやしき
  • 所在地焼津市大覚寺
  • 様式その他

大覚寺殿と称する公家が居住していたと伝えられる屋敷

屋敷の成立・消滅や遺構は明瞭でない。『駿河志料』『駿河記』に、屋敷跡について記され、『駿河記』に、「傳云、往古大覚寺殿と称する公家衆、この所に落下りて幽栖の地と云。」とある。又「比屋敷の東南の隅に一堆石を積揚たる古塚あり。前に注連縄曳張、地神と斎祭る。是大覚寺殿の墳墓と云。(中略)大覚寺殿の法号、今は法昌院殿大覚寺現大居士と云。是も又終焉の年月日を不詳。」とある。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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