方上城

かたのかみじょう
  • 名称かたのかみじょう
  • 所在地焼津市方ノ上字石合山
  • 様式山城

今川氏親によって築かれた可能性が指摘されている城

方上城の城史については明確でなく志太平野を中心とした地域における争乱の状況等から、明応2年頃今川氏親によって築かれた可能性が指摘されているにすぎない。ただ天文5年にはすでに方上城が存在したことが、「土佐岡部文書」で明らかにされている。
高草山の西側に派生する支丘陵のひとつに位置するもので、海抜230mの支丘陵頂部を中心に稜線上に遺構がみられる。この丘陵は海抜200m付近の等高線により、丘陵基部からは独立した地形をなしており、自然地形を巧みに利用したものといえる。稜線上の最高所を中心に丘陵先端方向へ3段の平場がみられる。
また、基部方向には4つの空堀によって画された平場があり、なかでも海抜222m付近のものは大きく長さ30m、幅8m程を測る。
なお当城跡より北方約400m、海抜190~250m程の範囲には茶園として改植を受けてはいるが、地形に異常がみられ関連する遺構の存在が考えられる。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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