東中居館

ひがしなかきょかん
  • 名称ひがしなかきょかん
  • 俗称・別名上杉氏邸
  • 所在地牧之原市大江字東中小字箱瀬
  • 様式その他

鎌倉時代後期の土豪である上杉氏の居館

現在、廃寺となっている理趣寺の寺地は、古来上杉氏の居館跡と伝承されている。
この居館についての正確な史料はなく、世俗「一条三位(憲藤)の館跡」というが伝説の域を出ない。
およそ鎌倉時代後期(嘉暦2年ころか)に植杉半弥(重澄)という植杉は『華蔵院史料』による。『富田家旧記』には上杉土豪が相良荘に占居、小巻山に八幡宮を勧請したという。
北東から西南にかけて、高さ約2m、延長約100mの土塁が水田面に鉤形をなし現存し、中世の貴重な城館遺構とされている。
居館の南方100mを隔て、東西に的場という塚状の遺跡が古くは7カ所並列していたが、今は鍬平され3カ所を残すのみ。また、建武4年(1337)の、「平田寺文書」に見える小牧馬場という旧地名もこの近くにある。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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