滝堺古城

たきさかいこじょう
  • 名称たきさかいこじょう
  • 俗称・別名頭之城、城の原
  • 所在地牧之原市片浜字坂井小字坂井谷
  • 様式山城

勝間田氏の出城

土地では「ジョウの原」と呼んでいる。
坂井より寺坂を登ると、標高70mの台地に出る。右方に突出する丘陵山頂におよそ300㎡の一の曲輪があり、自然の地形を利用した空堀を隔て二の曲輪がある。
この城は「勝間田城」の出城とみられ、『榛原郡史蹟志』には「東北に突出する支脉300m余あり、ここに或は塹濠を堀り、墻壁を作り、東と南とは急峻な山谷の絶壁を利用したる屈竟の要害なり。」とみえる。
『勝間田軍記』や『司令鬼論』に勝間田義清という人あり(13世紀後半の武将で、山麓にその碑がある)ここの城主に当るかと思われるが伝承の域を出ない。
元亀2年(1571)2月、武田信玄、遠江進攻のとき、相良荘と勝間田荘との境に古くから勝間田氏の古城があって、これを見分したが塁地が狭いので、その北方に法京に新城を築くことにした。つまり、当山城はこの古城のことである。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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