菅ヶ谷古城

すげがやこじろ
  • 名称すげがやこじろ
  • 俗称・別名コジロウ、川田氏砦
  • 所在地牧之原市管ヶ谷字柳谷
  • 様式その他
  • 関連武将川田平兵衛真皆

烽火台としても重要な役割を果たした、土豪・川田氏の砦

今川氏以来、菅ケ谷村を知行していた土豪、川田平兵衛真皆、及びその子、平太郎直勝の砦跡とみられ、その屋敷跡は同所の山麓、柳谷と伝承されている。川田氏は元亀2年(1571)小笠原長忠の招きにより高天神におもむいて徳川方に属し、大手池の段を守る。天正2年(1574)6月18日、同城大手門の戦いで平兵衛は腕に2ケ所の疵をおい、平太郎は奮戦の末討死した(高天神記)。
遺構は相良からの信州街道を西進、須々木原地内で農道へ右折、約500mの地点で標高116mの独立した山頂、約3,600㎡の平坦部を占める。ここからの眺望はじつにすばらしい。郭跡の現況は茶園(明治時代に開こん)となっており、以前、土器片が出土したことがある。この山頂を地元では「コジロウ」と呼んでいる。
ここは滝堺城から高天神城への進攻略にあって、烽火台としても重要な軍事的役割を果したものと思われる。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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