穴ヶ谷城

あながやじょう
  • 名称あながやじょう
  • 俗称・別名中村城、城之壇
  • 所在地牧之原市中字穴ヶ谷
  • 様式山城

四方を断崖に囲まれた要害の地に築かれた連郭式城郭

当城の主な居城者は、勝間田十郎政次と云われているが詳細については不明である。
榛原町中の北部、仁田との境にあり、標高約114.8m、比高約105m、面積約700㎡位と思われ、東西に二つの郭を有する連郭であるが、昭和に入ってからの開畑に依り、堀の一部は残存するが土塁は消滅している。
四方を断崖に囲まれ、東西の郭よりなり、極めて要害の地である。当城の南山麓に城将の居館と推定されるところがあり、この付近より、鎌倉時代「正和元年壬子7月29日」と書かれた墓碑が出土。付近に乱斗場と云う地名あり、又、西の方大鳥居に面する部分には、馬道と呼ばれる所がある。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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