横岡城

よこおかじょう
  • 名称よこおかじょう
  • 俗称・別名志戸呂城、鶴見城、宇田城
  • 所在地島田市横岡字城之壇
  • 様式平山城
  • 関連武将鶴見因幡守栄寿
  • 文化財指定市指定史跡

応仁年間に鶴見氏が築いた城

横岡城は応仁年間鶴見氏が築いた城で、明応5年駿河守護今川氏親が勝間田城や倉真城を攻略した際、本城も攻め落されている。鶴見城と呼ぶのはその為である。又、鶴見氏築城以前は質呂庄の管理を受けていた宇田太郎信秀の居館があった所といわれ、後世、宇田城とも称されるに至ったようである。
茶畑等により遺構はほとんど残っていないが、以前は主郭を中心に帯曲輪が取りまいていたとされる。又、土塁は主郭の四方を囲むようであったというが、現状では高さ60cm程の土塁の一部が茶畑中に残る。その他、河原石による井戸がみられる。
城をのせる城之壇は海抜約120mで水田地と比高差は約35mを測る。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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