望月屋敷

もちづきやしき
  • 名称もちづきやしき
  • 所在地-
  • 様式その他

新羅三郎義光の後裔と伝えられる奥池ケ谷望月氏の屋敷

奥池ケ谷望月氏は新羅三郎義光の後裔と云われ、永禄年間頃(1558~1569)信州よりこの地に来住土着したと伝えられる。(『新玉川村誌』)
望月屋敷は、中河内川の東岸台地上にあって、城山の東北、奥池ケ谷集落のほぼ中央に立地し、6間×9間の南北に長い単郭で、南側高10m位の小丘にそって構えられている。
江戸期長屋門が存在し、東側通路にそって高さ1m弱の低い石垣が設けられている。
屋敷地東方にある白髭神社棟札によると元亀年間の草創で、天和・天明の2度の改築及び修復に際して、本願主として朝倉氏と共に両名で行っているなど有力な郷土であったことが想像される。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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