長島屋敷

ながしまやしき
  • 名称ながしまやしき
  • 所在地-
  • 様式その他

文中年間に来往した長嶋氏の屋敷跡

駿河国新風土記』他の諸国志に内匠の頃に、「住古武士に長島氏なる者の宅地なりとて、その宅跡古墳あり。今川家旧臣の跡ならん。里人時歴の伝説なし」とあって、『新玉川村誌』ではこれは腰越字長嶋の誤記としている。長嶋佐久之太郎が文中年間(1372~75)に来住し、室町期に腰越菅沼氏を追い、長島氏も天和年間頃(1681~1684)滅亡したと伝えられる。
長島屋敷は西河内川奥腰越集落の北端西岸山腹字長嶋にあって、井川往還道に沿っている。
現在この地に11.4×49.7m規模の屋敷跡と墓塔が存在するが、長島屋敷地とするには難点があり、もう少し上段にあったと考えられる。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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