瀬名館

せなやかた
  • 名称せなやかた
  • 俗称・別名大屋敷
  • 所在地-
  • 様式その他
  • 関連武将今川陸奥守一秀

瀬名氏の祖・今川一秀が居城し、武田氏の駿河侵攻の際に落城した砦

今川義忠が文明8年(1476)に不慮の死をとげると竜王丸と小鹿範満の家督争いが起り、竜王丸の補佐役として一族今川陸奥守一秀が、旧領地である瀬名郷を与えられて、遠江より移り瀬名氏を称した。以来今川一秀を祖として氏貞、氏俊、氏詮の4代の居館跡となった。(『今川記』)
瀬名館の位置については、『駿河志料』に「光鏡院伝云、今大屋敷と称する地館跡なり、もと彼寺の扣なりしが、中古農家を建しとぞ」と見えている。大屋敷の地は、静岡市の東部長尾川と梶原山にはさまれた瀬名集落のほぼ中央に位置し県道平山線西側に沿っている。
現在、三浦憲氏宅を「大屋敷」と呼称し、北側4軒までが大屋敷地内の中にあってこれから推察すると南北140m(東西は不明)前後の規模と考えられるが、遺構は認められない。しかし瀬名氏は今川家門に属する一族でかなりの勢力があったと考えられ、規模の大きなものと推定される。
瀬名氏祖今川一秀の菩提寺光鏡院はこの地の真東山麓にあって、南に2代氏貞の松寿院、北に3代氏俊室の龍泉院が隣接し、瀬名飛地、南沼上地内に瀬名氏鎮護の社、利倉神社がある。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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