杉山屋敷

すぎやまやしき
  • 名称すぎやまやしき
  • 所在地-
  • 様式その他
  • 関連武将杉山太郎衛門

安倍七騎に一人といわれる杉山氏の屋敷

杉山氏は、安倍七騎の一人と云われ、当家所蔵『杉山文書』によると明応3年(1494)9月の今川氏親黒印状に、杉山太郎衛門に俵峰半分を充行う旨の文書があり、すでにこれ以前に俵峰の土豪としてこの地を領していたことがこの文書で証明される。また天文から永禄年間にかけて杉山小太郎がおり、天正年間は、武田氏に属して杉山小兵衛尉がいたことが文書にて知れる。
杉山屋敷は、静岡市の北、竜爪山から真富士山の稜線上西側山腹標高460~480mの高地にあって、俵峰集落全体が比較的起伏のある平坦部となっており、その集落の北端の東西にのびる小尾根と谷沢にはさまれる位置に屋敷地が造成されている。
その範囲は東西180m、南東30m位の規模で、屋敷他は少なくとも4~5の区画がなされており、谷沢にそって数段の高石垣をつくっている。特に東から西にかけて地形が低くなるため、西側谷沢面は高さ5m内外に達しており、東側上段部に石垣で囲まれる部分があって元屋敷跡と考えられる。
二条の谷沢は白髭社裏で合流して俵沢に落下するが、この谷沢に挟まれる屋敷地は集落の最も適所に選地されており、防備的にも配慮がなされている。また交通的面からいっても、興津川和田島方面及び竜爪・瀬名方面へ抜ける道にも接している。
屋敷地中央に五輪・宝篋印塔があり室町末期以降の墓塔と推定される。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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