末高館

すえたかやかた
  • 名称すえたかやかた
  • 所在地-
  • 様式その他

室町中期に今川氏に仕え、後に旗本となって江戸へ移った末高氏の館

『駿河記』他の国志に「安倍七騎の内、末高其の居地ナリ。」と見えて、室町中期頃(1494年以前)今川氏に仕え、天正年中徳川家に仕え、正保年間(1644~1647)頃、旗本となり江戸に移るといわれる。
末高館は、静岡市の北部安倍川上流域平野集落の対岸、旧村岡村のトイグチにあり、見月山の東麓安倍川へ突出した標高250m余りの台地上に立地する。郭内は南北70m、東西100mの広さをもち、東北側に尾根が突き出した尾根上中央に広い曲輪があり、巾広の土塁状の段が北側崖縁に設けられている。南東に4段の平場が設けられ、北東隅は1段高くなっており物見台と考えられる。さらに川に向かって3段の小平場が段階的に付されている。各段平場には石垣が使用され、南東隅に虎口があって、安倍道に接する。なおこの道は、有東木から地蔵峠越えに甲州に通じており、東南北を安倍川に囲まれ、西は急傾斜の山に続くなど、館跡防備の配慮がなされている居館といえる。
館跡上段傾斜地の茶畑内に末高氏の墓地があり、俗名等わからないが、中でも2基の宝篋印塔は、江戸初期の特徴を持つ、当地方ではまれな、大型墓塔である。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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