北脇城

きたわきじょう
  • 名称きたわきじょう
  • 所在地-
  • 様式平城
  • 関連武将北脇喜十郎光定

今川氏の武将・北脇喜十郎光定の居城

今川氏の部将北脇喜十郎光定の居城。築城年代は明らかでないが、永禄11年(1568)武田氏の駿河進攻の際、高橋城とともに落城した。
巴川の南岸に接し、標高2.5mの低湿地に立地していた。古記録には、本丸の遺構は200m四方あり、幅約8mの濠がめぐっていたと記されているが、現在遺構は痕跡すら認められず、周辺に風呂の段、大屋敷の小字名が残っているのみである。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

コメントする

このお城を共有・登録する