尾沢渡砦

おさわどとりで
  • 名称おさわどとりで
  • 俗称・別名城山
  • 所在地-
  • 様式山城

今川駿府館の支城として川根街道の押さえに築かれたと思われる砦

城史については全く記載なく、『清沢村誌』に「尾澤戸ニ城主不明ナレドモ城山と称スル所ナリ」とあるのみであるが、その遺構の残存状況より室町期から戦国期にかけての山城で今川駿府館の支城として川根街道の押えに築城されたと推定される。
当砦は藁科川の支流黒俣川の南岸尾根の末端標高240m上にあって、北、東を黒俣川に、南を尾沢の谷にはさまれる要害地にあり、笹間・清笹峠越し及び川根・蛇塚よりの川根道、尾沢・朝比奈ルートなどの分岐点という交通の要衝地にも位置している。
遺構は尾根上に築かれ、中央部に主要曲輪をおいて、東側に2段の曲輪を配置し、西側尾根続きには2つの曲輪を連結して、3条の堀切をもってこれを遮断している。土塁は西側尾根続きと北側川根方面に向かって高土居が築かれ、特に中央主要曲輪西北隅に方3.5mの櫓台を設けている。虎口は主要曲輪東西にあり、東側は桝形状の虎口となっている。極めて完全なる保存状態を残しており、丸子城等に類似する所がある。なお、西北麓に高石垣をもって囲んだ屋敷跡(尾崎氏住宅)があり、上下段に2カ所の井戸を存するが、居館跡か否かはっきりしない。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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