内牧城

うちまきじょう
  • 名称うちまきじょう
  • 俗称・別名城山
  • 所在地-
  • 様式平山城

安倍城の支城の1つで狩野氏の居城

内牧城は、安倍城の支城の1つとして築かれ、狩野氏の居館地でもあった。その創築・廃城期間は安倍本城と同時期と推定される。(安倍城参照)
内牧城は静岡市の北部、安倍川の支流内牧川の東岸にあって標高99mの尾根末端に立地しており、土地で「かなどの城山」と呼称されている。曲輪は茶畑の造成によって形状が損なわれているが、尾根上の90.2mと99mの最高所の2曲輪よりなり、数段の帯曲輪が設けられ、尾根続き部分に1条の堀切があって尾根を切断している。また2曲輪の間にも堀切があったと推定される痕跡が見られる。
東側谷地に狩野氏の菩提寺結成寺があり、正応5年(1292)在銘の懸仏が保管される他裏山に五輪塔群が見られる。また居館跡と推定される場所も付近にある。
城山の東1キロ、静岡少年院前の山上に狩野介貞長墓塔と伝えられる宝筐印塔があり、塔身・笠ともに後補になるが、基礎の遺存状況から見て南北朝期のものと推定される。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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