掛川城

かけがわじょう

掛川城
見どころ指南

威風堂々! 本格大手門と150年前の番所

威風堂々! 本格大手門と150年前の番所 ▲騎馬のまま通るため、高さが圧倒的!

JR掛川駅からほど近い掛川城。5分も歩けば大手門が見えてきます。掛川城大手門は、堂々とした楼門造りの櫓門(やぐらもん)。天守閣に続き平成7年(1995)に復元されました。
歩いて門をくぐると、見上げるほどの圧倒的な高さ。これは槍を持ち、馬にまたがったまま通ることができるように造られているからなのです。まさに掛川城の表玄関にふさわしいスケール。
奥にある番所は、嘉永7年(安政元年1854)の大地震で倒壊した後、安政6年(1859)に再建されたもの。150年以上も前の建物で、掛川城の中でも貴重な遺構です。この種の建物が残っているのは全国でも珍しく、市指定有形文化財に指定されています。
発掘調査により大手門と番所の位置が、正保城絵図(しょうほうしろえず)のとおりだということがわかりました。区画整理により大手門は実際の場所から50メートル北に復元。番所も合わせて移築されました。江戸当時の実際の位置は道路周辺に示されています。

安政から明治まで、城下の時を刻んだ大太鼓

安政から明治まで、城下の時を刻んだ大太鼓 ▲150年前の太鼓櫓もそのまま

掛川城御殿の広間に佇む大きな太鼓。これは江戸時代、城下に時を告げていた報刻の大太鼓です。安政2年(1855)に当時の藩主太田氏が製作。明治の中頃まで休むことなく時を刻み続けました。
江戸時代、役人は十二支で区切られていた時間ごとに、太鼓を叩く回数を変えていました。ガイドさんによると、当時は太陰暦を使っていたため、時間の誤差が出ました。そのため、水時計を使って正確な時間を知り、調整していたのではないかということです。
この大太鼓。誰でも触れることができるので、是非叩いてみてください。江戸時代と変わらない豪快な響きが堪能できます。
当時大太鼓が納められていた太鼓櫓(たいこやぐら)が、四足門(よつあしもん)左手に現存しています。これは、嘉永7年(安政元年1854)の大地震後に二層櫓(にそうやぐら)として再建された150年以上も前の建物。昭和30年(1955)に三の丸から移築され、現在は市指定文化財として保存されています。

戦に備えた遺構の数々。その築城術に“戦国”を見る

戦に備えた遺構の数々。その築城術に“戦国”を見る ▲中世の面影を残す、三日月堀

掛川城といえば復元天守閣が有名ですが、実は他にも見逃せないポイントがあります。それは中世城郭の真実を伝える遺構の数々。掛川城は、今川義元が桶狭間で倒れた後、今川氏真と徳川家康の攻防の場となったことで知られています。現在に残る遺構には、戦いの歴史が刻まれているのです。
三日月堀、十露盤堀(そろばんぼり)、本丸を囲んでいた南側の堀(松尾池)。この三つの堀に囲まれた本丸虎口は、枡形の虎口形態になっていたことが、発掘調査で確認できました。松尾池は残っていませんが、三日月堀、十露盤堀は現在でも見ることができます。
堀に加え、強固な土塁や天守へと続く急勾配の城道も、守りを固めていました。城道は、敵の侵入に備えるため折れを多用しており、容易には天守丸にたどり着けないようになっています。これら堅固な造りによって、掛川城は猛烈な徳川方の攻撃に耐え、落城することはありませんでした。
そして籠城戦の生命線となる井戸には、こんな伝説が残されています。永禄12年(1569)家康が今川氏真を追って攻め込んだ時、井戸から立ち込めた霧が城を覆い隠し、徳川軍の攻撃から守ったというのです。この井戸は「霧吹き井戸」と呼ばれ、天守閣脇に残されています。
戦うための城。容易に落とせない城。そんな掛川城だったからこそ、このような伝説が生まれたのではないでしょうか。

掛川城全盛期、一豊時代の天守閣を再現

掛川城全盛期、一豊時代の天守閣を再現 ▲ライトアップで、一味違った魅力

掛川城天守閣は、平成6年(1994)、日本初の本格木造天守閣として復元されました。復元に不可欠なのは、当時の姿を示す資料です。幸運にも正保城絵図を含め3つの絵図が現存。それに加え、天守台の遺構も手がかりの一つとなりました。さらに重要な鍵は高知城の存在。高知城天守は、山内一豊が掛川城のとおりに造らせたといわれており、大変貴重な資料となりました。(高知城の現在の天守は寛永元年(1748)に再建されたもの)
これらを参考に400年の時を超えて蘇った一豊の掛川城。白漆喰塗り籠め(しろしっくいぬりごめ)の天守閣が、「東海の名城」と称えられた美しい姿を取り戻しました。
天守外観は三層ですが、内部は四階になっています。建築材としては、樹齢300年を越える青森ヒバが選ばれ、内装の細部にまでふんだんに使用されています。内部は決して広くはありませんが、石落とし、狭間(さま)、武者隠しなど、近世城郭特有の構造を見ることができます。最上階からは市内が一望でき、掛川城の恵まれた立地をうかがい知ることができます。パンフレットに載っている正保城絵図と見比べながら、江戸時代の風景を想像してみるのも楽しみ方の一つです。
掛川城は、日没から夜21時までライトアップされます。暗闇に白く浮かびあがるお城は、昼間とは打って変わってとても幻想的。一豊と千代の純愛にあやかって、ロマンチックなひとときを過ごすのもいいかもしれません。

掛川城を彩る四季の花々

掛川城を彩る四季の花々 ▲色とりどりの花で溢れる本丸広場

掛川城本丸跡は、現在花広場になっています。よく手入れされたこの広場には、1年を通して季節の花々が植えられており、市民の憩いの場として親しまれています。ここは、往時本丸だったとは思えないほど優雅な空間。急な階段が多い登城の後、一休みするのにも最適です。
掛川城周辺には、これ以外にも四季折々の花が訪れる人を出迎えてくれます。春には四季桜、しだれ桜、ソメイヨシノが咲き乱れ、絶好のお花見スポットに。
そして6月には梅雨の晴れ間を狙って是非、掛川城を訪れてみてください。思わず歓声を上げたくなるような景色が見られます。それは一面に咲く逆川(さかがわ)のユリ。お城周辺の堤防約600メートルにわたり、40品種、33,000球もの色鮮やかなユリが、見ごろを迎えるのです。場所によって色分けがほどこされており、満開の時期にはお城のモノトーン、川岸の緑、色とりどりのユリが絶妙なハーモニーを奏でます。咲き誇るユリをバックにそびえたつ天守閣の姿は、普段とは違った趣。ユリによって華やかな明るさが加わります。

掛川城
見取図

掛川城

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見取図

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