中川の殿海道

なかがわのとのかいと
  • 名称なかがわのとのかいと
  • 俗称・別名とのがいと
  • 所在地周智郡森町中川字殿海道
  • 様式その他
  • 関連武将本田藪寺田氏カ

中世の中川近在を支配した名主層のものと思われる居館

中川の殿海道は、現在は土地改良事業によって、往時の面影を偲ぶ事は全く出来ない。現行の土地宝典では、字名も拾えないが、明治期の耕地絵図に拠ると、略正方形をなし、反別は約7反4畝歩である。今、所在地の東400~500mの所を太田川が流れているが、往時は微高地であったろう。呼称や規模から推して、中世の中川近在を支配した名主層の居館であろうか。100m内外の所に門田・大日なる地名がある。
又、殿海道とどのような関係になるか不明だが、南西に500~600mの所に丸の内・小山塚・前田・市楽、北東500~600mの所にタテ、その北、500~600mに丸の内なる地名がある。しかし、いずれも土地改良で原形を止めず、又は茶畑乃至は宅地と化し、不明とする外はない。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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