加賀爪氏館

かがづめしかん
  • 名称かがづめしかん
  • 俗称・別名加賀爪氏屋敷
  • 所在地袋井市上新池字高木
  • 様式その他
  • 関連武将今川範政 今川氏輝 今川義元 徳川家康

家康に従い、近世旗本として存続した加賀爪氏の屋敷

『寛政重修諸家譜』巻第751に「庶流加々爪甚十郎忠郷が今の呈譜に、先祖修理亮政定今川上総介範政が猶子となり、これより上杉を改めて加々爪を称す」とある。二代忠定の時、遠江国山名荘新池郷を領した。泰定は今川氏輝、義元に従って天文16年(1547)長久保の戦いで討死するが、五代政豊は徳川家康の遠江経略に際し、家康に従い永禄12年(1569)新池郷370貫文、乗木郷35貫700文を安堵され、以後一族は近世旗本として存続していく。
館跡は南流する原野谷川にそって形成された低い自然堤防上(標高約8m比高約2m)にある。(現上新池地内)
現在宅地化が進み遺構を残さないが、近年まで一段高い平坦地(茶畑)とその周囲を方形にめぐる堀(約90m×90m、幅約3.6m)の一部が確認できたという。館跡北隣りにある栄泉寺には「加賀爪氏の墓」と伝えられる一石五輪塔、宝篋印塔が8基安置される。
館跡を御殿院と呼び、蔵東、矢倉下、地蔵海道の小字名を残す。館跡北西約100mの小字高木(現水田)には加賀爪氏代官屋敷があったと言われる。東海道川井から諸井で川を渡り横須賀に至る旧道は、館跡の東、自然堤防上を通る。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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