渡辺屋敷

わたなべやしき
  • 名称わたなべやしき
  • 所在地浜松市天竜区春野町胡桃平字松島
  • 様式その他
  • 関連武将渡辺三左衛門 天野藤秀 武田勝頼 大久保忠世

天野藤秀の寄子とされた渡辺三左衛門が居住していたとされる屋敷

渡辺屋敷は「和田文書」に見える渡辺三左衛門の屋敷と伝承されている。永禄12年閏5月徳川家康より渡辺氏は、気多之内上石切、河内、竹之内、熊切之内伊佐賀を宛行われ、天野藤秀の寄子とされた。其後、天野氏と同様に武田勝頼に与し、武田没落暫く浪人をしていたが、天正12年小牧合戦の前夜に「権現様御高札立申候。遠江犬居之者者浪人ニ而罷在候由、此度罷在御味方仕ニおいてハ御赦免可被遊」(『譜牒余録』)とあったので、罷出て大久保忠世の配下となった。江戸時代小田原家中渡辺氏と胡桃平渡辺氏の親交を物語る書状が今も現存している。
屋敷跡は殿カイトと呼ばれる一画であろう。面積は狭く、今は茶畑と渡辺勇氏宅の一部にかかっている。立地は胡桃平の高所より占め、部落をのぞめる。日照・水の便もよく、背後の山は田河内より三倉方面に向う街道も通っている。又烽火台の様な施設もあったと思う。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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