米津台場

よねづだいば
  • 名称よねづだいば
  • 俗称・別名御台場
  • 所在地浜松市南区米津町
  • 様式その他
  • 文化財指定市指定史跡

幕末、浜松藩が海岸警備の目的で築いた台場

嘉永6年(1853)、幕府の命を受けて、浜松藩(藩主井上河内守正直)は、海岸警備の目的で台場を築くため、軍役として人足徴発の命令を出したが、建設着手は遅れたらしい。記録によれば、安政3年(1856)2月、家中が中心となり・町方・村役人・神主らの協力を得て築造にかかり、同5月頃完成した。
台場は、当初高さ約15間(27m)、周囲約40m(72m)の円丘に、大砲3門を据えたものといわれ、台場の基部には石を積み、内部下層に石階で出入する穴蔵が作られていたという。現在、浜松市指定史跡に指定されているのは、その3基中の中央の1基で、石積み・穴蔵・石階は失なわれ、中央部から北に向う凹みができている。
ここから西250mと東500mの、やはり同一砂堤列上に、東西・南北とも20m前後の相似た丘が、二つ残っている。また、この台場で使われたと伝えられる石製砲弾が、浜松市博物館に保管されている。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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