谷津砦

やつとりで
  • 名称やつとりで
  • 所在地浜松市北区引佐町谷津
  • 様式その他

井伊氏三岳城の枝城として築かれた砦

井伊氏三岳城の枝城。『礎石伝』には「井伊谷内谷津と申候所に在之」と記され三岳城の南々西約3kmの地点にある。また井伊谷城とは井伊谷沖積地をはさんで約1.5kmはなれた台地上にある。上野砦は北々東0.6kmの同一台地上にあり、谷津砦築造後につくられた。金指から旧鳳来寺道を左に谷津へ下りる台地縁辺部で、標高53米である。三岳部落から谷津を経て、井伊谷岸に出、気賀方面へ通じる古い道も存在したようである。しかし、1339~40年の北朝方による三岳城攻略の際、本城と運命を共にしたものと思われる。
金指から急な坂道(旧鳳来寺道)を登りつめると、三岳部落へ通じる道に出る。実相寺(金指近藤氏菩提寺)の北側で左へすこし降りたところに西南へはり出した台地がある。幅約40m、長さ80mほどの全体がみかん畑となっているところが谷津砦跡である。地形の制約を受け、幅40~50cmの溝が三方をかこんでいる。この溝は一見排水溝様であるが、直角に曲って尾根を切断していることから、何らかの遺構と考えてよさそうである。その長さは尾根と平行方向に約50m、尾根と直角方向に30mほどで、東側には溝は見当らない。また溝の外、北側は1.5mほどの段をなし、その下に幅約3mの平地をつくって、急崖をなして沖積地へおちている。下から見ると土塁的役割と推定できる。また北西端に急な小径があり、気賀側へ続く古い道のようである。
標高467mの三岳を頂点に西へ向って高さを減じ、沖積平野との境に築かれた砦で、前進基地としての様相を強くもっている。しかも、鳳来寺道を近くにひかえていることも、当砦の意味を考える上で重要であろう。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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