本坂関所

ほんざかせきしょ
  • 名称ほんざかせきしょ
  • 俗称・別名関屋
  • 所在地浜松市北区三ケ日町本坂字関屋
  • 様式その他

関ヶ原戦後から寛永初年の気賀関所設置まで本坂に置かれていた関所

本坂関所は本坂区の中央旧姫街道の北側道路に添った字「関屋」と称する地域で方形をしている。現在住民の宅地となっていて遺構は明かでない。
その施設は、中世末浜名氏時代にもあったかと思われるが、本格的設備は慶長5年関ケ原戦以後と思われる。関守は後藤角兵衛実久及びその子兵庫で同氏が関ケ原戦後、関東より旧領本坂へ復帰してこの任に就いたのであって、慶長9年(1604)には同氏の手により単独検地が実施されている(『随庵見聞録』)。そして寛永初年(1624頃)気賀関所の設置によって廃止されたと考えられる。『気賀近藤氏系図』(用治の条)に「仰に依り本坂の関を守る」とある。但し江戸時代を通じて気賀関所の前哨としての見張所が本坂峠に設けられていたことが、延宝年中の『随庵見聞録』(本坂の条)に覗える。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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