毘沙門堂砦

びしゃもんどうとりで
  • 名称びしゃもんどうとりで
  • 所在地浜松市天竜区二俣町二俣字毘沙門
  • 様式山城
  • 城主・城将本多忠勝 依田信守
  • 関連武将徳川家康 本多忠勝 依田信守

徳川家康が依田信守父子が守る二俣城攻略のために築いた附城群の1つ

毘沙門堂砦は天正3年(1575)6月、徳川家康が二俣城(当時、武田氏の家臣、依田信守父子が守っていた)を攻略するために構築した府城の一つである。
家康は本多忠勝を配して、東方から二俣城を攻撃させたが、同年12月、二俣城が落城したため、毘沙門堂砦も廃砦となり、今日に至った。
砦跡は二俣城と二俣川を挟んで対峙する阿蔵山西方の尾根上末端にあって、現在も主郭跡(15m×30m)、と帯曲輪(2m×45m)、それに浅い堀切、土塁等の遺構が残っているが、いずれも小規模で、砦としての痕跡を僅かに留めているに過ぎない。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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