浜松城

はままつじょう

浜松八幡宮(はままつはちまんぐう)

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城の鬼門に鎮座するは、武運の神と大楠
浜松八幡宮
徳川家康は、八幡宮が源義家勧請の武家の守護神であり浜松城の鬼門の方位にあることから「鬼門鎮守」、「鬼門降伏」の氏神として信仰し、武運長久を祈り度々参拝したといわれています。

五社神社 諏訪神社(ごしゃじんじゃ すわじんじゃ)

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今も市民になじみが深い、徳川秀忠の産土神
五社神社 諏訪神社
五社神社 諏訪神社は、昭和35年(1960)に合祀される以前はそれぞれ独立した神社で、戦前は両神社とも国宝建築物でした。平安様式を取り入れ極彩色で施された本殿は、昭和57年(1982)に再建された現在の社殿の裏に回り込むとわずかに見ることができます。

犀ヶ崖(さいががけ)古戦場

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三方ヶ原合戦を知るには、まずここを攻めるべし
犀ヶ崖(さいががけ)古戦場
有名な三方ヶ原合戦にまつわる、数々の逸話が残る犀ヶ崖(静岡県指定史跡)。三方ヶ原台地が亀裂・陥没してできた全長2km、幅50mの断崖です。当時は今よりもっと深く、90m程の深さであったそう。

三方ヶ原古戦場

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家康が生涯の教訓を得た、壮絶な戦いの場
三方ヶ原古戦場
三方ヶ原合戦の場所は諸説あり定かではありませんが、現在の三方原地区を含めた台地の北部であったといわれています。市民霊園の駐車場に石碑が建てられているだけですが、武田・徳川両軍の最初の激突がこの辺りであったとか。

本乗寺

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戦国ファンならぜひ手を合わせたい、精鎮塚(しょうちんづか)
本乗寺
本乗寺は三方原地区に最初にできたお寺で、明治28年(1895)現在の天竜川町にある妙恩寺の本乗坊を移したことから始まりました。

普済寺

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負け戦で一矢を報いた、歴史に残る名刹
普済寺
曹洞宗の寺院である広沢山(こうたくさん)普済寺は、遠江における曹洞宗の拠点で、西遠地方の曹洞宗寺院のほとんどはこの寺の末寺。教派は13派(460ヶ寺)を数え、華蔵和尚によって浜松地方に禅宗が広められたそうです。

三方原神社(みかたばらじんじゃ)

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激戦の跡地に鎮座する、権現様の杜
三方原神社
旧浜松城内に祀られていた「東照宮」を、大正11年に合戦の地である三方原村へ迎えて、村民の信仰の中心となる村社としたのが始まり。御祭神は徳川家康ですが、二代将軍秀忠、三代将軍家光も合祀されており、徳川家と縁の深いお社です。
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