浜崎居館

はまざききょかん
  • 名称はまざききょかん
  • 俗称・別名浜崎御殿
  • 所在地浜松市北区三ケ日町三ケ日字浜崎
  • 様式その他

室町中期から寛永頃までの約130年、三代にわたって営まれた居館

浜崎居館は三ケ日六区の東天地区浜崎に営まれた居館で、北方に旧姫街道が東西に走っている。現状は殆ど市街地となり唯東側の旧濠の跡及び中央主郭の残塁が旧時代の面影を残す程度である。
その遺構は中央に本郭あり、周囲を水濠で囲んでいたことが知られ、『三ケ日古図』によると郭の西側及び東側を堀で囲んでいたと察知され、本郭の東北西の三方を土塁で囲んでいたことが昭和20年代削平化されている。
その創始は浜名神戸総公文中之郷県家祖が西側高台の浜名郡家と想定される場所より此処へ引移ったものと思われ、明確にその居住を知られるのは室町中期(1500頃)より永禄天正を経て寛永頃(1630)まで130年位、県但馬守正明、全出雲守正綱、全刑部左ヱ門正秀等3代間である。主な事件として慶長10年(1605)将軍上洛のため浜崎御殿普請のことが浜名古記録に記されている。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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